「異国の丘」を見て
昭和の歴史三部作ミュージカル「李香蘭」、「異国の丘」、「南十字星」が一挙に再演されているが、そのうちの一つ。劇団四季、浅利慶太作品。先日、「Wicked」を見に行った時にこの一挙公演を知ったのだが、李香蘭は仕事で忙殺されている内に終演になったため、今回は第二作「異国の丘」を見に行った。
名家の御曹司の九重秀隆がソ連によるシベリア抑留の憂き目に会い、極寒の地で死を迎える話。主人公の九重秀隆のモデルは、日中戦争時の首相、近衛文麿の長男、文隆。実際にシベリアに抑留され帰国できずに亡くなったとのことである。
華麗な貴公子がどうしてそのような目に合ったのか?シベリア抑留でどんなことが起きていたのか?史実とフィクションが混ざりながらその悲劇が語られていく。という内容。
開演後、序幕からすごい舞台だなと思っていただが、正直、1幕目の途中は、秀隆の留学中のダンスパーティーシーンで日本人が金髪かつらをつけて踊っているなど、滑稽な印象が強くてかなりテンションが低下した。しかし、2幕目に入ってからは、舞台に目が釘付けになり、涙は出るは感動するわで大変だった。日本人として、戦争を知らない身として、見に行って本当に良かった。
私にとっては、日本史の単語に過ぎなかった「シベリア抑留」という史実を知るきっかけとなった。60万人もの日本人が第二次世界大戦後ソ連に抑留されて、極寒の地で衣食住もままならない環境下で過酷な重労働を強いられ、うち6万人が帰国できずに命を落している。そして、日本への帰国事業は10年以上も続いたとのことである。
「異国の丘」というのはそんな抑留された人々の間で実際に歌われ伝えられた歌であるとのこと。
戦争中の悲劇については色々な所で語られることが多いように感じるが、戦争が終わり、復興と平和への道を歩き出した日本史の中でそんな事実があったのかと思い知らされた作品であった。
今回のパンフレットの浅利慶太の解説を読むと、浅利自身が全ての戦争を否定してはいないとわざわざ書いているが、同時に、
例えどんな崇高な目的があったとしても、戦争は民衆の、国民の凄まじい犠牲を伴って戦われるということである。
としている。このため、戦争を決断する人はこのことを深く心に刻まなくてはならないとしている。もちろん、政治家だけでなく、メディアをはじめ、国民全ての人が責任を問われる。
その上で昭和の大戦争については、当時の指導者たちにそれだけの認識、覚悟があったのかと疑問を投げかけている。私も、当時の関東軍を中心とした軍部は言わずもがな、政治家、戦争への世論をかき立てたメディアなどの事態認識の甘さや「行きがかり」を止める理性や勇気の無さがあったと思わざるを得ない。
結果、多くの民衆が徴兵され、勝ち目のない戦争を戦い、戦後もこうしたシベリア抑留という悲劇を生んだのであろう。国民の凄まじい犠牲のほんの一例が本作のエピソードなのだろう。本作のクライマックスを見るとそんな思いにさせられる。
これまで、こうしたメッセージ性の強い演劇は見たことがなかったが、小説や映画よりも生で演じる演劇の訴える力の強さを実感した。戦争が終わってから60年以上が経ち、日本の戦争の悲劇が風化しつつあるが、舞台という場での疑似体験は私にとって貴重なものになった。
観客の年齢層は幅広く、20代前半から、80代くらいの高齢の方々まで、きっと思い思いの感想を持ったことだろう。
橋本元首相も涙を流して本作品を見たとのことである。戦争遺族問題は忘れられてはならないことだし、こうした作品を見ると、国際政治と純粋に戦没者に対する気持ちの間で靖国参拝を政治家が揺れる気持ちも大変理解できる。それにしても、捕虜との名目で連れ去られ、国際条約に反する奴隷の様な扱いを受けて6万人もの日本人がシベリアで死んでいるに関わらず、ロシア政府への謝罪要求はうやむやになっているという。こうした点も疑問にもってしまった。
昭和の歴史三部作は、次は来月の南十字星である。こちらもぜひ見に行きたい。
- 本日の主な出演者 -
九重秀隆: 荒川 務
宋愛玲: 佐渡 寧子
劉玄: 青山 祐士
神田: 深水 彰彦
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